仙台の部屋を退去した

5月末で、仙台の部屋を退去した。

 

町田の部屋と行き来しながら断続的に片付けをしていたので、かれこれ1か月以上もTwitterで「退去するぞー片付けてるぞー」と言い続けることに。退去おじさんか。

なんとなく備忘録的に、退去までの流れを書き留めてみる。

 

[5/4,5]自宅フリーマーケット

あまりにものが多く移動手段もないので、希望者を募り住所を送って自宅フリマを敢行した。来訪者の方々から励ましの言葉を頂き、また売上的にもリサイクルショップに持ち込むよりもはるかに儲かってしまいウハウハに。

 

売上げは公約?通り牛タンになった。

 

一部の家具は、知人が最近始めた女性向けのケアハウスに運ばれることに。

多くの人の役に立つならと、基本的に無償でお譲り。

 

[5/6~5/13]ロケやらなにやら

13日に仙台でロケがあったので、それまでしばらく滞在しつつ片付けしつつ仕事する。

机やらイスやらも全部片づけてしまい自宅では仕事が出来ないので、春日町あたりに見つけたイケてるコワーキングスペースで仕事をするなど。

 

この間に、行きつけのバーやら思い出のカレー屋やらを巡って自分なりの「仙台サヨナラツアー」を行う。

 

で、ロケが終わったらまた東京に帰って月末には…

 

 

[5/25,26]自宅BBQ

退去だっつってんのに現地でわざわざ網焼き機を買って荷物を増やすという。

 

で、二日間かけて知人を累計10人ほど招いて自宅BBQ。

部屋が白くなるほど肉を焼いて食べた。仙台牛、牛タン、ホヤ、笹かま、ホタテ、ワニ肉、カンガルー肉…… 

 

[5/31,6/1]退去・福島に帰る

正直遊んでばっかりいたので、結局当日バタつくという。

それでもまぁ、不動産屋さんが来る15時までにどうにかなった。

 

そして知人宅に泊まらせてもらい、翌朝東京…ではなく福島に帰った。

浪人のために仙台に向かった12年前と、同じ東北本線。あの日との往復キップで帰ってきたような気分。エモみ。

 

 

 

だらだら書いてしまったけど、こんな感じの1か月でした。はい。

寂しい気持ちもありつつ、やっと何か…色々と状況の整理がついたような、そんなスッキリ感もある。

正直自分の中では、部屋がなくなるだけで宮城との行き来は今後もありそうなのでそんなにビッグイベントな感覚がなかったんだけれども、

会う人会う人から「お元気で」「体に気をつけて」「こっち来たら連絡ちょうだいね」なんて言葉を沢山頂いて、ちょっと感じるものがあった。人に恵まれておる。

 

…まー、今月にももう2件仙台ロケ入ってたり、今後もちょくちょく宮城行くことはありそうなんですが。

その時は、相手してやってください。

 

仙台の部屋を片付けた話

自分のツイッターを眺めている人なら嫌でも目に入ったことと思うけど、

仙台で4,5日かけて、8年間住んだ部屋(旧・ニホンジンハウス)を片付けていた。

 

間取り3DKのほぼ全ての部屋が散らかり放題というありさま、しかも出ていったニホンジンメンバーの荷物も結構な量あったので、初日に手をつけた瞬間には絶望感しかなかった。それでもなんとか一通りものを整理することが出来て、今はほっとしている。今部屋の中はかなり殺風景で、何だか疲れがどっと出てきた。

急きょ手伝いに来て下さったまゆみさんと息子さん、トラックを出してくれた地元の友人には頭が上がらない。

 

 

毎日ひたすら片付けをしていると、本当に色んなものが出てきた。

高校時代から使っていた携帯。筆入れなどの筆記用具。仙台に引っ越すとなった時に、友人から贈られたプレゼント。浪人時代のテキストやノート。大学に入って着始めた服。学生バンドだった頃、オーディションイベントで配っていたデモCD。ライブハウスのバックパスがベタベタ貼られたエフェクターボード。卒業論文。震災発生当時、ボランティアやったらもらえた感謝状。そしてニホンジンやってた頃の衣装や小道具。沢山の手紙やプレゼント。

 

いやー、まさに思い出で散らかった部屋。

自分の仙台暮らし12年をいやでも振り返らされた5日間だった。本当にいい街だったよ仙台は。

 

ところで今回、ちょっと変な試みではあるけど自宅でフリーマーケットを開いて残った家具や家電、日用品を色んな人に譲ることにした。だいたいのものは500円。ちょっと高かったものでも1000円とかかな。お皿なんかは50円とかでいいや…といった感じ。

 

 

なんでそんな事をしようと思ったかというと、仙台での運送手段がなく自分ではリサイクルショップに運びこめないからというのがまず一つ。

引っ越しで何かとお金がかかっているからちょっとでも儲けようというのも一つ。笑

 

そして最後の理由としては、色んな人にお別れの挨拶みたいなものを言える機会があるといいかな、と思ったから。(向こうから足を運んでもらう形になるのは恐縮なんだけど)

訪問してくれた方たちには、買ってくれたものにまつわる思い出話とか、この部屋でこういう撮影を昔やって…みたいな話とか、そういう「店番兼語り部」的なスタンスで対応させて頂こうと思う。

 

部屋の退去は5月末。もうしばらく、引っ越しネタでツイッターでわーわー騒ぐと思いますがご容赦ください。

 

youtu.be

 

 

少し冷たい春の風

アンテナのワンマンライブを観に、仙台までやってきた。

(まるでアンテナのファンブログみたいになっている)

 

ジャンクボックスはアンテナがアマチュア時代に初めてライブに出た会場らしい。今回のMCで初めて知った。それが今や5公演のツアーの会場の一つでチケットはソールドアウトだというんだから、沁みる話だ。

 

ライブが終わって会場から出る時、一人の女の子と目があい「あ。」となった。

バンドをやっていた頃、よく自分たちのライブやイベントに来てくれていた子だった。

 

ほぼ2年ぶりの再会?に、思わず懐かしくなった。彼女は進学した事や、将来就きたい仕事の事などを話してくれた。今は他県に住んでいるらしい。

 

「今、何してるんですか?」

「働いてるよ。働いてるか、ゲームしてるか、ギター弾いてるよ」

「私もう〇歳になったんですよ」

「俺なんかこないだ30になったよ」

「えーー!?うわーーー!!」

 

時が流れたんだなぁと思いつつ、フォーラス前で「じゃ、頑張ってね」「お元気で」と言い合って別れた。

そのまま仙台の家に帰り、徹夜明けだったのでそのまま寝た。

 

そして翌日(つまり今日)。朝早く起きたので家で編集作業を進めつつ、煮詰まってきたのでコンビニに散歩がてら行った。

お店のレジに、よく見かける女の子が立っていた。彼女もバンド時代にイベントによく来てくれていた子で、そこのコンビニにレジを打ってもらいつつ一言二言話すことがたまにあった。

 

目があい、「あー今日お会い出来てよかったですー」と話しかけられた。

聞けば、そのコンビニで働くのは今日が最後だそうだ。

この春進学するので、宮城を出て関東に行くとのこと。

彼女にも目指している職業があるらしい。いつかなんかの機会に一緒に仕事出来たらいいね。なんて話をして、炭酸水を一本買ってコンビニを出た。

 

朝はとても寒く雪もちらついていたのに、いつの間にかよく晴れてとてもいい天気になっていた。

帰る途中、びゅうっと強い風が吹いて、アパートのどこかの部屋から洗濯物のジーンズが目の前に飛んできた。拾って、近くのフェンスにかけてやった。

少し冷たいけど、それでも春の風だなあ。と思った。

 

自分もおそらく、あと1~2か月のうちに仙台の物件は退去することになりそうだ。

仙台には特に仕事か用事がある時だけ来ることにしようと決めたので、いずれこの街も自分にとっては「旅先の地」になるんだろう。というか、今回新幹線から降りた時にはもう、ちょっとそういう感じがした。以前住んでいた懐かしい旅先、という感覚だ。

 

この街を歩くたびに、面白いように誰か知り合いとばったり出会う。話しかけられる。

アーケードのスピーカーからお知り合いの方の歌が流れてきたり、店先に貼られたポスターや自販機の広告で見知った顔を見かけたりする。

随分と特別に楽しい思いをさせてもらったものだと思う。

 

立て続けに懐かしいことばかり起きてしまって、少しエモい気分になってしまった。

あまり長くいると居心地がよ過ぎるので、今回も早めに東京に帰って仕事の続きをしよう。

 

いややっぱり、今日くらいは夕方から国分町行って酒飲もう。

布団とスマホと頭痛と私

激しい頭痛とダルさに見舞われて、週末からまともに動けず数日間寝込んでしまった。

最近あたふたと仕事をして、ちょっと調子よく充実している感じがした矢先にこれだ。何だか気が滅入る。

 

その滅入った状態のまま、今年の3.11がやってきた。

あの震災に関しては、どんな言葉で表現するも何を感じるも全く人それぞれだ。震災に関して自分は毎年、「別に何か言わなきゃいけない、行動しなきゃいけない訳じゃないという事も踏まえたい」などといった歯切れの悪いことばかり自分への言い訳のように言ってきた。そして今年は当日にSNSなどで何を言うでもなかった。まぁ、特に言えることもないなら黙っているのが一番いいのだと思う。

毎年そうだけど、どうもこの話題に関しては何かを言葉にしたい気持ちと、それと同じくらい口を固く閉ざしたい気持ちがぶつかって気持ちが悪い。そしてSNSの様々な書き込みを眺めていると、誰もが似たような、モヤついた何かを抱えているように思えた。事が重大かつ複雑過ぎて、完全に適切な言葉など見つかる訳がない。けして言葉に出来ないモヤついた何かの周りを、言葉だけを頼りにぐるぐる回るような居心地の悪さを、タイムライン中に感じた。

黙祷をしたと報告している人も、忘れない事の大切さを説いている人も、忘れさせろと言っている人も、自分に降りかかった悲しい出来事を静かに乗り越えようとしている人も、不謹慎で露悪的な事をわざわざ言っている人も。皆それぞれのモヤモヤした何かの周りを今もぐるぐる回っているんだろうか。そんな事をぼんやり考えた。

 

今回の体調不良はかなりしつこく、そのまま布団から動けなかった。まどろみと頭痛がぐちゃぐちゃに混ざった時間が過ぎる中、脇に置いたスマホが「トゥルン」と通知音を出しニュース速報を伝えてきた。なんとまあ、ピエール瀧さんがコカインで捕まったという。

「瀧さんかあ…いやいやいや、まあまあまあ…」という実に妙な気持ちになった。大きな驚きと、それと同じくらい大きな「驚かなさ」がまともにぶつかった不思議な気持ちだ。

ともかく悲しい報せであることは間違いなかった。

 

SNSのタイムラインは今度は、瀧さん出演の映画・ドラマやゲームが今後お蔵入りとなってしまうのかどうかを盛んに議論し始めた。こうして布団の中から定点観察していると、SNSの中の人たちの話題の移り変わりは随分慌ただしい。普段自分もその一部な訳だけど。

 

瀧さんの話題について、はじめはただ点々と呟かれていただけの意見の集まりは、やがて一部の人たちの好戦的な言葉を合図に各陣営に分かれてケンカを始めた。これこれこうだから作品のお蔵入りなんぞは愚かなだけである、いやいやこういう訳だからやはり回収はやむなしである…といった具合。

 

人間はえてして、結局は感情で判断してるんだけど後付けの理屈でどうにか納得する生き物だ。

だから今回の議論も「引き続き瀧さんが見たいよー!」「自粛いい加減にしろー!」という感情と「何をけしからん!」「犯罪者は許せねーー!」という感情が、それぞれ理屈という剣と鎧をまとってチャンバラをやっているだけのような気がしてきた。

時々目に飛び込んでくる、「これこれこういう理屈で我が陣営の勝利ー!」的な言葉が空しい。ネットでの議論ではしばしば、両陣営からそれぞれに勝利宣言が掲げられる。最近はそういうのもちょっと見飽きた。

 

それはともかく自分の感情はというとただ「今後も瀧さんの活躍見てえなあ」に尽きる。見られなくなる・聴けなくなるのはどうにも寂しい。だからああしろこうしろなんて自分が言っても仕方なくて、ただひたすら寂しさがあるだけだ。

一方でもし、今回捕まったのがあまり好きじゃない芸能人だったら自分の感情は「そのまま引退しろー!」という方向に動いたかも知れないなとも思う。このように本来感情というのは論理的一貫性を持たないものだ。理屈がその先にくっついてるだけ。

だから世の中全体の決定にも、一貫性なんてない。薬物がいかんならなんで電気グルーヴのCDだけ回収されてビートルズのは並んでるんだ…なんて事をブーブー言ったところで何にもならない。今世間の感情がそうなんだから仕方ない。単なる感情が寄せ集まって世論の不条理なうねりになり、それが世の中をズズズと押し動かしている、ただそれだけだ。

 

だったら下手に理屈なんかこねて空しい武装をするより、せめて自分の感情をしっかり自覚し続けてあげた方が正直でいいのかも知れないなあ、と思った。

ああ寂しい。ほんとそれだけ。

 

…といった事を悶々と布団の中で思い続けた頭痛の数日間だった。体調が完全に治るのに、結局水曜日までかかった。明らかに崩れた生活習慣が体調不良を呼んでいるので、もうこういう事が起こらないようどうにかしたい。今日は締切に追われて編集している。

不安ゾンビの日々

さっきツイッターでも書いたけど、今は仙台に移動中。

明日は結婚式で撮影することになっているので、前ノリして会場の下見やら礼服の用意やらをする。

 

ここ最近の日々は正直、あまり元気はつらつとはいかなかった。

まさに編集編集アンド編集、何日も家から一歩も出なかったり、生活リズムがグズグズになって夜から昼まで作業して昼過ぎが就寝時間になったり、まぁひどい生活だった。

 

編集には色んなパターンがあるけど、基本的にはこちらで一旦全部完成させた上で直しがないか確認をしてもらうことが多い。

この、一番最初に確認をしてもらうバージョンのことを「初稿」と呼ぶ。

 

自分は小心者なので、初稿がまだ出来上がっていない映像を1つでも抱えていると不安で胸がモヤモヤする。2つあるとため息が出る。3つ以上あると胃が痛む。

 

素材が壊れたりしていないか、完成までに風邪ひかないか、うまいやり方がどうしても思いつかなくなったりしないか、どこかに恐ろしく手間のかかる所があったりしないか…不安ばかりでどうしようもない。

 

今週やっていたのは、初稿3つに修正3つ。一応締切のピンチはないものの、やはり頭に常に「初稿」がもたげて寝ても覚めても不安なので、寝ても不安なら寝ずにやっちまおうという発想で夜中に作業して日中に気絶するという感じの生活をしばらく送っていた。

よくないフリーランスのお手本だ。

 

トータルの睡眠時間はさほど削ってはいないものの、家から全く出ずに同じ部屋で机と布団を往復しているとなんというか、意識レベルが低くなっていく。あー、とか、うー、とか、ゾンビみたいになっていく。不安に苛まれたゾンビだ。

不安なゾンビが、出前とったりしながら映像編集してる訳だ。自炊する知恵はない。ゾンビなので。

 

昨日までで一応初稿っぽいものは一通り出来上がり、朝日を浴びながら仙台に向かっている今は心がすごく穏やかだ。明日撮影ということは明後日からはまた新たな「初稿」たちが待っているという事だけど、とりあえずそれまでの今この時間は一旦心が休まるという訳だ。

 

もっと余裕の心でものづくりを楽しんでいる人も世にはいるんだろうけど、こればかりは生まれついての性格なのでしょうがない。自分は何かやる度、基本怖がっている。今後もビクビクしたりめんどくさがったりしながらものを作っていくだろう。

 

どんなに不安でも、とりあえず手を動かせば完成しなかった事はないんだから不思議だ。

そういうものなんでしょう、色々と。はい。やっていきましょう。

恵方巻

先日30歳になった。何人かの方からプレゼントを頂いてしまった。ありがとうございます。

これ以上は特に言いたい事もないので、今日の話題にいきたい。

 

さっき電車から降りたら、駅前の総菜屋の店先が明らかにいつもと違う様子だった。パックに入った黒い塊が、何段にも積みあがっていた。恵方巻だ。

「そういえば節分か」と思い、まぁコンビニで買うよりは…と思ってつい買った。Twitterなどで「アルバイトが予約ノルマを押し付けられて自腹買い、そして炎上」みたいな話題をよく目にするので、コンビニの恵方巻に対してはどうにも社会の闇を(勝手に)感じてしまう。

その点お総菜屋なら、分かんないけどそういうのとは無縁な感じがするのでつい買ったのだ。

 

f:id:imaitaro:20190203210358j:image

これが買った恵方巻。パッケージが何ともたまらない。プリミティブでよい。

 

この恵方巻を、つい先ほどリビングで食べた。

同じ部屋にいたルームメイトから「あ、恵方巻」「食べるんすかw」と言われた。

けして「恵方巻www食べるんすかwwwww」みたいな盛り上がりはない。せいぜい「食べるんすかw」だ。だって恵方巻だもの。

 

方位磁石アプリをiPhoneにインストールして、今年の恵方らしい「東北東」を調べた。壁の方だった。こっちかー。しょうがないので、目の前の白い壁を眺めながら恵方巻にかぶりつく。

 

…。

 

前回恵方巻を食べたのは多分実家に住んでいた頃なので、わざわざ自分で買って食べるのはこれが初めてということになる。

なんで今年に限って食べる気になったのか、酢飯を咀嚼しながら考える。コンビニでなくお総菜屋でたまたま見かけたから。バスが来る時間を多少持て余していたから。それともう一つは「自己暗示としての縁起」というものに多少価値を感じはじめたから…だと思う。

なにか試練があった時、頭の片隅で「そうえいば今年は恵方巻食べたじゃない」と思える。根拠のない小さな自信をかき集めたいお年頃だ。

 

…。

 

味に関しては特に感想もない。「総菜屋で太巻きを買って食べたらこんな味だろうな」という味だ。あと寒空の下で売られていたものなのでかなり冷たい。

ちなみにさっきのルームメイトは恵方巻を食べる自分の隣でテレビゲームをしている。

 

…。

 

その形状ゆえについ「そのままズッポリ飲み込み型」で齧っていってしまう。が、無理にそうやって食べ進めていたらいよいよ喉と腹が苦しくなってきてしまった。しゃっくりが出そうだ。一旦休憩して横隔膜を落ち着かせる。

俺何やってんだろう。三十路にもなって。こんな寒いリビングで。人がゲームしてる隣で。一人で。寝ぐせ治んないままで。

 

…。

 

安全策として、両サイドから一口ずつ、無理のないサイズで齧って攻略していくようにした。これなら無難だ。何事もやり進めてみると、自分に合ったコツが見つかる。

そういえば恵方巻は大阪が起源という説があるらしい。「そうそう、商売もコツコツと少しずつ、やで……」と、恵方から関西弁の神様が自分に囁いてくる気がする。知らんけど。

 

…。

 

卵焼きとキュウリと共に残った最後の酢飯のかけらを口に放り、恵方巻の儀は終わった。うーん。

恵方巻を食べる前に飲んでいた、もうすっかり冷たくなったコーヒーの残りを飲み干して、自分の部屋に戻った。夕飯はもう要らないか、さっき一緒に買ってきたイカや大根の煮物を夜食につまめばいいだろう。

 

今晩は割と多くの作業を頑張って進めないといけないので、取りかかる前からちょっと気が重い。

 

「コツコツと少しずつ、やで……」

 

~Fin~

アンテナのワンマン観に行った話

 

1/19は渋谷O-nestのアンテナワンマンを観に行った。

 

中予定のない週末はそうなりがちだけど、夕方日が暮れるまでなかなか布団から起き上がれない日だった。ライブのスタートは18時。

 

15時、15時半、16時…と「まだ起きれない、まだ起きれない」…とやっていたのだが、16時半くらいに「やべえ1曲目観れなくなる」ってなってようやく起きてバタバタ準備して外に出た。

 

渋谷駅に着いた時点で18時くらいだった。走る。走る。

知らないデパートの中を。坂だらけのラブホ街を。走る走る。普段全く運動していないので、たかが数百mの道中で足はもつれて口の中は血の味になった。

 

どうにかしてホールに入ったのが18時10分くらい。ドアをガチャッと開けた瞬間「わぁ…!」という声と大音量のSEが中から溢れてきて、つまりメンバーの登場とピッタリ同時に会場に入れたようだった。

「…び、ビンゴ…10分押し…ヘヘ…」などと、ゼエゼエ言いながらちょっと得意気になった。本当に、早く家を出ればいいのにと自分に思った。

 

 

…くだらない前置きが長くなってしまったけど、ライブはとても良かった。12曲くらいだったか、見事に腹7分目くらいの素敵な1時間だった。

個人的に、ライブはこれくらいが一番いい。めっちゃうまいパスタを控えめボリュームで食べたみたいな、極上の食後感のライブだった。

9か月ぶりの復帰ライブとか関係なく、普通に自分が過去に観たアンテナのライブでぶっちぎりベストだった。特に最近の曲が一番よくて、そのことが更に嬉しい。

ライブが終わって会場から出て行くお客さん達も「いやーよかったー!!」と口々に言っていた。

 

終演後メンバーと顔を合わせる事があったんで、「よかったよ」と伝えてみたんだけど、普段そんな事言わないもんで見事に信用されなかった。

諒くんなどは「タロスはよく処世術で『よかったよ』って言うんです」って周りのスタッフさんにまで言っててコノヤローって思った。ちょっとは信じろや。

 

最近MVが公開された2曲はどちらもすごく好き。

自分の中ではDaft Punkとかがそうなんだけど、エレクトロチックなんだけどリズムがややこしく焦らしてきて、いい意味で物足りない。その物足りなさが曲を引っ張っていて、曲が終わっても物足りないのでまたリピートしたくなる。みんな聴こう。

youtu.be

 

youtu.be